2024年にAmazon Goの技術が全店舗から撤退し、$93Mを調達したスタートアップが倒産。一方で同じ年、イスラエル発のスタートアップがひっそりと100店舗を超えた。

こうしたニュースを流れで理解したいと考え、AI時代のスーパーマーケット向けのテクノロジー動向をリサーチしました。見えてきた大きな流れは四つです。

  1. 「技術的に面白い」だけでは市場は生まれない
  2. ROIが明確で垂直特化したプレイヤーが急成長している
  3. 既存SaaSは生成AIを組み込み、「予測→生成→自律」へと進化している
  4. データを持つ大手小売がAIの内製化に動き始め、SaaSベンダーとの関係が変わろうとしている

それぞれ順に見ていきます。

レジレスの夢と現実

アマゾンのレジレス店舗「Amazon Go」

「レジのない店」は2010年代後半から小売テック界隈の最大のテーマでした。AmazonがAmazon Goをオープンし、スタートアップが続々と参入しました。しかし2024年、この夢に大きな転換点が訪れました。

Amazonは2024年4月、Amazon Fresh全店舗からJust Walk Out技術を廃止しました。「AIによる完全自動決済」と謳っていましたが、実態は約1,000人以上のインドのスタッフが映像を手動チェックすることで精度を維持していました。コストと複雑さが採算に合わず、スマートカートへのピボットを余儀なくされました。

同年10月には、この分野に$93Mを調達していたGrabangoが倒産しました。Aldi、Giant Eagle、7-Eleven、Circle Kなど有力な小売業者を顧客に持ちながら、追加の資金調達に失敗。センサー不要のカメラのみのアプローチは技術的に競合より優位とされていましたが、小売業者の採用ペースが計画を大幅に下回り、高い資本要求に収益が追いつきませんでした。

「技術的に可能」と「経済的に成立する」は全く別の話だということが、この二つの事例で明確になりました。レジレス決済は既存店舗を全面的に改装する必要があり、その初期コストと複雑さが小売業者の採用を阻んでいます。

一方で、この領域で生き残っているプレイヤーもいます。イスラエルのTrigoは2022年に$100Mのシリーズ C(累計$204M以上)を調達し、2024年Q3時点で100店舗超をグローバル展開しています。REWE、Tesco、Aldi Nord、Netto、Auchanと提携し、欧州を中心に着実にスケールしています。Trigoが生き残れている背景には、欧州の高い人件費水準(自動化のROIが出やすい)と、既存店舗の全面改装ではなく新築・改装済み店舗への導入に絞ることで初期コストを抑えている点があります。

また、Instacartが推進するスマートカート「Caper Carts」は、エッジAIチップ(NVIDIA Jetson)を搭載したセンサー付きカートで、店舗全体の改装を必要としない分、導入障壁が低くなっています。レジレス全体ではなく、決済体験の部分的な改善として機能しています。

「完全無人化」より「人間+AIのハイブリッド」のほうが現実的に機能する、という学びが業界に広がりつつあります。

「生鮮廃棄削減」がホットなカテゴリ

Afreshのダッシュボード

レジレスが苦戦する中、AIネイティブな事業者として最も勢いがあるのが生鮮食品の需要予測・廃棄削減分野です。

その代表格が米国のAfresh Technologiesです。農産物・精肉・鮮魚・デリ・ベーカリーなどの生鮮部門に特化したAIプラットフォームで、2026年4月に$34Mの追加調達(Just Climate・High Sage Ventures共同主導)を発表しました。直近の収益成長率は前年比70%。米国40州で12,500以上の部門に導入されており、主要顧客はAlbertsons、Wakefern、Stater Bros.、Meijer、Fresh Thymeなどです。

Albertsonsへの導入結果として、生鮮廃棄率25%削減・売上3%増が報告されています。生涯累計で2億ポンド以上の食品廃棄を防いだという実績もあります。

欧州でも同じ問題に挑むプレイヤーが出てきました。ベルリン発のFreshflowは生鮮食品サプライチェーン最適化AIで、2025年に€6.5Mシリーズ Aを調達(World Fund・Capnamic・Venture Stars共同主導)、累計€8.7Mに達しています。Carrefour・Edeka・Intermarché向けに展開し、注文受諾率93%を達成。ARRはすでに7桁(€100万以上)に到達しました。

なぜ生鮮廃棄削減という領域がAIと相性がいいのでしょうか。気温・イベント・産地情報など数十の変数をリアルタイムで掛け合わせる需要予測は、ルールベースでは対応できない複雑さがあり、ここにMLが有効に機能します。賞味期限が短く過剰・過少発注がそのまま損失になるため、ROIを廃棄削減量として明確に数値化できます。さらに、この問題に特化したプレイヤーがまだ少なく、垂直特化によって深い専門性を積みやすい。Afreshの急成長はその証左でしょう。

フィンランドのRELEX Solutionsは生鮮特化ではなくサプライチェーン全般のプランニングプラットフォームですが、こちらも2025年上半期のサブスクリプション収益が前年比30%成長、ARR 28%増と好調です。累計$816M調達(Summit Partners・Blackstone・TCV)、700社超の顧客のうち200社以上がMLベースの予測ツールを使用しています。

既存SaaSの生成AIによる再定義

InstacartのSmart Shop AIとCaper Cart

AIネイティブなスタートアップが台頭する一方、既存の小売SaaSプレイヤーも急速に生成AIを組み込んでいます。

Instacartは2025年3月にSmart Shop AIを発表しました。生成AIと機械学習を組み合わせ、顧客の購買習慣と食生活の好みを分析してパーソナライズされた商品表示を実現します。同時にAI広告ツールも強化しており、2024年の広告収益は$1.18B(前年比25.5%増)と初めて10億ドルを超えました。さらに2025年5月にWynshopを買収し、AIパーソナライゼーション機能を取り込んでいます。

SymphonyAIは2025年1月にCINDE Connected Retail Platformを発表しました。小売専用の13のソリューションを統合し、予測AI・生成AI・自律AIを一つのプラットフォームで提供しています。導入300,000店舗以上という規模感に達しています。

Crispは2025年12月にシリーズB1で$26M(累計$127M)を調達し、小売業界初とされるAIエージェント専用プラットフォーム「AI Agent Studio」を展開しています。CPGブランドが自前のAIエージェントを構築できる基盤で、7,000以上のブランドが利用中。またShelf Engineを買収してAI需要予測機能を統合しています

これらに共通するパターンとしては、「予測(何が売れるかを当てる)→生成(パーソナライズされたコンテンツや提案をつくる)→自律(複数ステップを自動でこなす)」という段階的な進化です。単に既存機能にAIをのせるのではなく、AIを前提にした新しいユーザーストーリーの設計が進んでいます。

大手小売による「AIの内製化」

WalmartのSparky AIアシスタント

最も興味深い動きの一つが、大手小売業者自身がAIの内製化に踏み切っていることです。

Walmartは小売特化LLM「Wallaby」と生成AIアシスタント「Sparky」を自前で構築しました。AI活用の成果として、商品カタログデータ8.5億件の改善(人手の100倍の作業を自動化)、AIルート最適化による不要配送3,000万マイルの削減、CO2排出9,400万ポンドの回避などを発表しています。

Walmartは2025年10月にOpenAIとInstant Checkout機能で提携しましたが、コンバージョン率が振るわず2026年3月に撤退しました。直接的な撤退原因はパフォーマンス不足ですが、その後Sparkyを逆にChatGPT・Google Geminiへ組み込む形に転換した点は興味深いです。

「外部プラットフォームに乗る」から「外部プラットフォームへ乗せる」へと関係が逆転しています。自社モデルを主軸に置くという意思決定の表れと読めます。

Krogerは自社のロイヤルティプログラムで蓄積した購買データを武器に、データサイエンスAI部門「84.51°」を設立しています。6,000万世帯超の購買履歴を使った精密な需要予測やパーソナライズド広告を内製で行い、外部にはライセンスしません。競合がお金を出しても買えない「データの堀」を意図的に作っている、という戦略です。

Albertsonsは2025年12月にAgentic AIショッピングアシスタントを発表しました。レシピからカートを自動生成し、手書きの買い物リストを解読し、手元の食材から献立を提案します。ロイヤルティ会員4,870万人(前年比13%増)のデータを活用しています。

共通点は「汎用モデルではなく、自前データや自前モデルを通じて業界課題を解きに行く」というトレンドです。何十年にもわたって蓄積された購買データやマスタデータで訓練された自前のモデルは、汎用のLLMとは別次元の価値を生みます。

また大手小売がAIを内製化するほど、外部のSaaSベンダーに求められるものが変わっていくとも考えられます。ポイントソリューションでは殆ど価値を出すことが難しく、データ統合・増幅型のプロダクトが重要になるでしょう。

日本ではどうか

グローバルの議論は「フロント業務に、自社のデータを用いてどうAIを構築するか・使うか」が中心ですが、日本のスーパーマーケット業界はその手前の問題がまだ山積しています。ソフトウェアの導入自体が進んでいない事業者が多く、基幹データの整備も途上、データ活用のための基盤整備に至っては緒についたばかり、というケースが珍しくありません。

加えて、事業者の数が非常に多く分散しています。日本全国に数千のスーパーマーケット事業者が存在し、IT投資の規模はまちまちで、専任のIT担当者が置けていない事業者も多い。一社あたりの投資余力が限られているため、海外大手のような大規模な内製化にトライできる企業は極めて稀有です。

AI時代を前提としたフロントプロダクト——需要予測、Agenticなショッピング体験、自動発注等——はグローバルで一定の浸透が始まっています。手前味噌ですが、弊社10Xが提供する「Stailer ネットスーパー」でもお買い物AIとして、手書きのレシピや献立・プロンプトからカートに追加すべき食材を推薦する機能を提供開始していたり、「Stailer AI発注」では完全自律型の需要予測型自動発注の実装を進めています。ただ日本市場全体で見れば、浸透はまだ始まったばかりで、導入してもROIに至っていない事業者が多い認識です。

こうした状況でグローバルのトレンドにキャッチアップするには、「AIプロダクトを売る」だけでは機能しないと見ています。データ整備という面倒な前工程も含めて一気通貫で面倒を見られること。そしてROIが出るところまで強くハンズオンで伴走できることが求められます。

そしてこれらの支援はすべてSaaSベンダーの「コスト」に跳ね返ります。ゆえに、こういった支援も含めて抽象化したプラットフォームを構築し、支援にかかるコストを圧縮できる企業だけが長期的に事業としての採算を合わせることができ、競争優位を保有すると考えています。