自分の中に事業づくりに関する規律がいくつかあります。そのうちのひとつが「供給側の論理で事業を創らない」というものです。

言い換えると、顧客の真の課題から事業を立ち上げる前提を死守すること。

ただ、この規律と真逆の事案に出くわすことも少なくありません。

「作り手が新しくできるようになったこと」を売る

昨今のAIプロダクト開発では、特にこの構造が生まれやすいと感じます。

AIを用いると、「作り手側がこれまで苦手・できなかったことができるようになる」ということが起きます。私におけるコーディングはそれに当たります。技術が能力の天井を上げるのは事実です。

またAIを組み込んだプロダクトでは「これまで決定的な計算で解決するのが難しかった問題を扱う」ことができるようになります。

そうして手に入れた新しい能力を、そのまま売り物にして事業化する。この事例が多く、完全に供給側の論理であると感じます。

起点が顧客ではなく、自分たちの手元にある道具になっています。

道具が変わったときほど、この誘惑は強くなり、そして同じ動きが一斉に起きるので、外からはトレンドのように見えてしまう。

余談ですが、LayerX社が掲げている「仕事の完了を売る」という言葉は、真逆の「顧客視点のスタンス」を強く示していて素晴らしいと思います。

「顧客がほしいと言った」は麻薬

供給側の論理で事業をつくる人は、たいてい「これは顧客の論理だ」と正当化します。

「顧客にインタビューしたら、XXXがほしいと言われた」といった具合です。

この言い方は事業に正当性をもたせ、社内を通すための強い武器になります。実際に顧客が発した言葉であり、記録も残っているので、反証しづらい。

ただ、ここで問われているのは「顧客が何と言ったか」ではなく「顧客が本当に必要としているものは何か」のほうだと考えます。

人が本当に必要としているものは、非言語や無意識の領域にあることが多い。言葉になって出てくるのは、そのうちのごく一部だと思っています。

しかも言葉になったものは、たいてい既存の解決策の延長で語られます。今あるものへの不満や、その改良として表現されることが多い気がします。

だから顧客の言葉をそのまま受け取ると、供給側の論理と見分けがつかなくなります。「顧客が言った」という形式を借りた、作り手の願望になりやすい。

10%の大声ではなく、80%の沈黙を拾う

私が常に探したいと思っているのは、「10%の顧客が大声で言うもの」ではなく、「80%の顧客が声に出せずに深く求めているもの」です。

前者は声が大きく、誰でも認知できます。インタビューでも定量調査でも必ず引っかかります。そして声の大きさを需要の大きさと誤読してしまう。

後者は見つけにくい。「それ」が一体どういう形をしているか、誰もイメージできておらず、顧客自身も欠けていることを認知できないから。しかし、満たされた瞬間に、これがなかった状態には戻れなくなるといったものです。

事業として強いのは、明らかに後者であり、私が創りたいものです。

創業の本当の難しさは、ここにあるのだと思っています。顕在化していない心理を見出し、そこに向けて「本当に欲しかったものはこれでしょう」と当てにいく。

では何を手がかりにするのか。顧客の「言葉」ではなく「行動」だと思っています。

1つめは、迂回行動。誰にも頼まれていないのに、Excelや紙や独自の口頭ルールで埋めている穴。言葉にならないのは、それを「仕事の一部」だと思い込んでいるからです。

2つめは、諦めの痕跡。「まあ、そういうものだから」と説明される作業。理由を説明できない習慣は、たいてい過去の制約の軌跡です。

3つめは、指標に出てこない摩擦。歩留まりや工数には計上されず、特定の人の頭の中だけで処理されている判断。

いずれも聞いて出てくるものではなく、その場に居て観察しないと拾えません。誰かが発した言葉を拾うことに比べて、声にならない声を見つけることは遥かに難しい。手がかりが少なく、当たったかどうかは出してみるまでわかりません。

だからこそ、易きに流れてはいけない。

既存事業のオペレーションには、供給側の論理へ向かう引力がある

もうひとつ考えておきたいのは、すでに立ち上がっている事業が持つ引力です。

続いている既存事業も、この難しさを一度は超えているはず。声にならない声を当てたから立ち上がった、という履歴があります。

一方で、超えた後のオペレーションでは、顧客の潜在的な声に耳を傾けるよりも、すでに利用している顧客の声に耳を傾けることがほぼ全てになります。日々の意思決定は、既存の指標と要望の中で回っていく。

加えて、その事業のオペレーターは、「気づくための訓練」を受ける機会がほとんどありません。私は7年前に「気づきを得るためには訓練が必要で、その訓練をしている人は極めて稀だ」と書き、いまも考えは変わっていません。

一握りの人間は現状に何かしらの気づきを得ようとしているが、多くの人はそうではない。気づきを得るためには、気づくための訓練が必要だ。現状に「なぜ」を問いかけ、欠けているものを見つける訓練である。

僕がこれまでに得た最大の気付きは、どんなに優秀な経営者、起業家、プロダクトマネージャー、クリエイターであっても、「気づきを得る訓練」をしている人は極めて稀だという事実だ。(後略)

出典: 10Xなプロダクトを創る(2019年)

結果として、既存事業の手癖で事業を創出しようとすると、どうしても供給側の論理で新しいものを創ろうとしてしまう。そしてそれは長期的な耐久力を持った事業になりにくい。

組織は、かつて自分たちが超えた創業の難しさを、フェーズが変わると忘れてしまいます。必要な筋肉が違うため、当然なのかもしれません。

弊社10Xも、幸いなことに2020年に生み出したStailerという事業が長く継続できており、会社を牽引してくれました。一方で、社にとって最も重要なイシューの一つが新事業の創出でもあります。

ここで指摘した課題は自分事として反芻し、前へ進めたいと思います。