伸展と捻転による身体操作と良いスイングのための身体操作を書いたあと、トロント・ブルージェイズでトレーナーとして働き、現在はカタラボを経営する水口さんより以下のようなメッセージを貰いました。
この辺のエビデンスや理論を整理してお伝えできるので、ご興味あればzoomなどで話してみませんか。感覚運動系を体系的にまとめてお伝えするので、構造的に理解できるととても面白がってもらえると思ってます。
このお誘いに惹かれて、オンラインで1時間ほど話をさせてもらいました。
前の2本の記事で、私なりの身体操作に対する解釈を書いてきましたが、この対話ではその手前にある神経と感覚、選手への声のかけ方や、練習・環境の組み方にまで広い話題に及び、かなり濃密な時間となりました。
プロのトレーナーがエビデンスと実証を元に取り組んできた内容を短時間で学習できるありがたい時間だったので、自分のような立場の人のために改めてその内容をまとめたいと思います。
水口さんのプロファイル
水口翔平さんは理学療法士で、福岡の原三信病院で働いたあと、オーストラリア、イギリス、アメリカ、カナダのクリニックで学び、ブルージェイズではメディカルと現場をつなぐ役割を3年務めたのち、現在は九州を拠点に、慢性的な痛みの改善とアスリートのパフォーマンス向上の事業をしています。
ファンクションとフォームを分ける
- 選手の課題は、ファンクション(体が持っている機能)とフォームに分けて見る
- フォームは、ファンクションのポテンシャルを出し切るための形。本来は自動で出てくるもの。ゴミ箱にゴミを投げるときに、肘の角度を考えないのと同じ
- 多くの子は、過去に言われた「肘を上げろ」「前で離せ」が意識に残り、持っている機能の分すら出せていない
- だから最初に効くのは足し算ではなく引き算。何を意識して投げているかを聞き、要らない意識を一つ外すだけで動きが良くなる
- そのうえで、ファンクションそのものを上げる
私の場合、バスケ時代の捻挫で硬くなった足首が、アメフトを始めたときのボトルネックでした。最後の1年は、トレーナーに足首を柔らかくする練習ばかりさせられました。あれはファンクションを上げる練習で、足首が硬いから、そのフォームにしかならなかったのだと思います。

ファンクションは器、フォームはそのポテンシャルをどれだけ引き出せているか。まず要らない意識を外し、そのあと器を大きくする(模式図)
意識は体の外に置く
- 声かけには、体の中を指すもの(インターナル)と、体の外の目標を指すもの(エクスターナル)がある
- 体の中を指す声かけで動きが良くなるのは初心者だけ。中級者以上では、動きを明らかに悪くする。コップを取るときに肘の角度を考えた瞬間、うまく取れなくなるのと同じ
- 2021年のメタ分析でも、年齢や熟練度を問わず、外の目標を指す声かけのほうが良いという結果が出ている
- コーチの仕事は、その動きが出てくる外の目標を逆算して、ゴールだけを渡すこと
- 構えでは、「膝を曲げて、股関節を入れて、重心を後ろに」ではなく「地面を捉えて」
- スイングでは、「後ろで加速しろ」ではなく「バットを手放したら、センター方向に飛んでいくように振って」
- 少年野球では、手放したバットがファウル方向に飛ぶ子が多い。センターに飛べば、良いタイミングで振れているサイン
- アメリカの少年野球は、監督の多くが未経験者(水口さんの見立てでは7割ほど)。言うのは「速い球を投げよう」「ホームランを打とう」だけ。これがいちばんのエクスターナルな声かけ
試合中に「肘、肘」と声をかけ続けてしまう場面は、うちのチームでもよく見かけます。熱量はありがたいのですが、逆効果になりやすい理由がはっきりしました。見るのは体の中、渡すのは体の外。前回の記事でまとめた観察表はコーチの目として残し、口から出す言葉だけを外に向けようと思います。
測れば、教えなくても学ぶ
- 至近距離のネットに打ち込むのではなく、飛距離が分かる形で打つ。投げるなら球速を測る
- フィードバックの輪だけ回るようにして、あとは何も言わない。こっちのほうが飛ぶ、このくらいのほうが速い、を本人が学ぶ
- 子どもの欲求も、もともと「遠くに飛ばしたい」「何キロ出たか知りたい」の側にある
運動神経の正体は感覚
- 動作は、感覚の入力、脳での統合、動きの出力の繰り返し
- 昔から言う「運動神経がいい」は、入力側の感覚が優れているということ。だからバランスが良く、思った通りに動ける
- 生まれつきの差に見えるが、感覚は刺激を入れれば上がる。だから鍛えられる
- 動きを支える感覚は、大きく分けて3つ。前庭(耳の奥で頭の傾きや加速を感じる)、視覚、体性感覚(皮膚・筋・関節で、触れた感じや体の位置を感じる)
- 水口さんがセミナーでよく出す問い。パンチングマシンで強いパンチを打つロボットと、いちごをつまめるロボット、作るのが難しいのはどちらか
- 答えはいちご。指先で大きさを感じ、潰さない力を一瞬で決めてつまむほうが、はるかに難しい。運動神経の差は、この感じて加減する力に出る
私もアメフト時代、練習の倍の時間ビデオを見ていました。あれは、頭の中のイメージと実際の動きをすり合わせる作業だったのだと思います。

感覚の入力を脳が統合して動きを出し、その結果が次の入力に戻る。「運動神経がいい」は入力の質の話(模式図)
新しい動きで神経を育てる
- 動きを覚えることと感覚が上がることは別。スパイダーウォークだけを続けると、スパイダーウォークが上手くなるだけ
- 同じ動きの反復より、変化をつけた新しい動きを混ぜるほうが、別の場面に使える学習につながる。「何この動き」と思うくらいの新しさが効く
- だから、狙う機能のまわりのドリルを次々に与え、慣れたものは外す。体を飽きさせない引き出しの多さが、そのままコーチの力になる
- 引き出しは、感覚(前庭・視覚・体性感覚)と体の部位(首、肩甲骨、股関節の外旋と内旋、体幹と脊柱)のかけ合わせで整理する。どこに働きかけるかをマス目のように埋めていくと、体系になる
うちのチームでは今年から、練習の前半30〜40分で、ラダー(地面に置くはしご状の器具)、ミニハードル、縄跳び、スパイダーウォーク(四つ這いで低く進む動き)などを1日1つずつやっています。神経はいろいろな動きをしないと育たない、と考えて始めたことでしたが、外れていなかったようです。
力を抜くところから始める
- 鍵は脱力。寝ている、座っている、立っているだけでも緊張が抜けていない子がとても多い
- 緊張は、体を守る防御反応として働く。感覚の情報が不確かだと、体は安全を優先して力を抜かない
- だから先に、体性感覚や前庭への刺激を入れて脱力をつくる
- 次に、力を抜いたまま動ける運動を増やす。たとえば仰向けで膝を立ててお尻を持ち上げる動き。多くの子は腰を反らせて持ち上げるが、力が抜けていれば腰は反らず、背骨が下から順に上がる。この状態をインプリントと呼ぶ
- そこから、丸める、伸ばす、横に倒す・ひねる、の順に進める
- 腰椎(腰の骨)は過度に反らさない。正しい伸展は、肋骨の下を腹筋である程度止めたまま伸ばすこと。腰を反らせて骨盤を前に突き出すのは、伸展の機能としては低い
- いわゆる良い姿勢は見た目の話。動物としての機能で言えば、少し丸まった姿勢のほうが強い。背中を反らせて構えるボクサーは弱そうに見える

感覚を入れて脱力をつくり、力を抜いたまま動き、丸める、伸ばす、横・ひねりへと進む順番(会話をもとに自分で描き直した模式図)
チームと個人は別の問題
- 大人数のチームに短時間だけ入ってパフォーマンスを上げるなら、筋トレが正解。水口さん自身も、100〜200人の大学チームに月2回と言われたら筋トレを選ぶ
- 一人ひとりを見るパーソナルになった瞬間、ウェイトの優先度は大きく下がる
- 研究のエビデンスが筋力に寄りがちな理由は、測りやすさもあるが、大人数を短期間で上げられる手段が筋トレなので、研究もそこに集まる
- チームに入るときは、指導者のゴール(勝率、全国大会、体重、打撃)と、トレーナーが責任を持つ範囲を先にすり合わせる。ゴールと、指導者が望む手段が離れていることはとても多い
- 小学生は楽しければやる。全体練習で十分。大事なのは、一見関係なさそうな練習に納得感を持たせること
- 水口さんは、打撃がいちばん上がる練習を聞かれるとキャッチボールと答える。飛んできたボールを自分の手で狙ったところに当てられないなら、棒の先で当てられるわけがない。そう話すと、子どもたちは素直にパンと音を鳴らして捕り始める
トレーナーの仕事に要るもの
- 技術職と思われがちだが、いちばん効くのは国語力。論理の組み立てと伝え方が、最大のネックになる
- この業界のすごい人たちは、麻雀やポーカーが強い。状況を把握し、選択肢をひもづけ、消去法で絞り込む。体の評価はまさにそのゲーム
まとめ
- 子どもの動きを崩している原因は、機能の不足より、大人がかけた余計な意識であることが多い可能性がある。持っている機能の分すら出せていない子が多い、という話は、コーチをしている自分の実感値とも一致する
- キューの出し方は相手の習熟度によって変化するべき。特に上級者には体の外に意識を向けるような声のかけ方、バリエーションの重要度が高い
- コーチは体の部位ではなく、外の目標と測れる結果を渡す役割。言葉を探すのと同じくらい、フィードバックのループを回す環境を作り込むべき
体の仕組みを自分で調べて言葉にしてきたあとに、より構造化された生のノウハウをお聞きできたのは本当に幸運でした。水口さん、ありがとうございました。
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